私の師

私には師匠と呼べる人がいます。しかし鍼灸の師匠ではありません。人格と、それ以上のものを教えて下さった師です。この師がいなくては私の人生も私の施術もありませんでした。

 

私と師が出会ったのは震災の翌年、2012年の1月になります。

当時私は赤門鍼灸柔整専門学校の東洋療法教育専攻科を卒業し、赤門鍼灸柔整専門学校の非常勤講師と一関市への往診業務を行っておりました。

 

社会人1年目の私は今まで学んだ知識と技術をいよいよ社会で発揮するぞと意気込んで社会に出ていきました。教育専攻科時代は2年間という短い間とはいえ、同級生の誰よりも患者を受けて施術を行っていました。それにより、鍼灸施術の手応えや効果もある程度は実感し、それで社会に通用するものと思いこんでいたのです。しかし現実はそのようには甘くなく、ほとんど思うような結果が出せない毎日を過ごしていました。それはそれで辛いのですが、更に辛いのは私と患者、自他共に効果が弱い事が分かっているにも関わらず、お金をいただかなくてはならない事でした。

 

それが申し訳なくて、必死に勉学に励んで効果を見出そうとするのですがちすぐに腕が良くなる訳はありません。そのように悩んでいた事もありますが、根本的な生き方考え方が間違っていました。そのため私は今も痩せていますが当時はもっと痩せており、顔色も蒼白かったのです。自分では元気なつもりだが周りからはそうはみえないとよく言われていました。「疲れてないか?」と声をかけられるのがしょっちゅうでした。ふとした時に鏡をみると、自分の顔色の悪さにぞっとした事もあります。手は氷のように冷たかったのです。このような状態で治療効果が出ないのは当たり前なのですが、当時の自分にはそれがわかりませんでした。改善する方法も知りませんでしたし、。自分が悪いとも思いませんでした。

 

そんな状態の自分ではありましたが、どこか良い所があったのか、患者さんの方が気にかけて下さいました。そして私の師となる方を紹介してくださいました。最初、師にお会いした時に、「いただいたお金に見合う仕事が出来るようになりたいです。」と質問しました。「その心がけはとても良い事だ。」と誉められたのがうれしかったのですが、それと同時に「でも今のあなたではそれは無理だよ。」とはっきり言われました。ですが不思議と嫌な感じはしなかったのです。その通りだなと素直に思いました。そして「自分を生かしている存在について学ぶようになったら、どこに鍼を打てば良いかわかるようになるよ。」と教えていただきました。にわかには信じられませんでしたが、師の立ち居振る舞い、姿、言動をみるにつれ、この方から人格と、私達を生かしている存在について学びたいと思うようになりました。

 

師と初めてお会いした翌日、私にとって小さな奇跡が起こりました。その日は往診の仕事日だったのですが、最初の患者さんと対峙した際、自分の内から今まで感じたこともないような「優しさ」があふれ出してきたのです。自分にはこんなに優しい気持ちがあったのかと、自分で驚くほどでした。そしてこれは師と出会ったからだとすぐにわかりました。

 

その感覚を得てから、自分の心は徐々に穏やかになっていきました。人に優しくできるようになっていきました。以前はよく冷たいと言われていました。心も冷たかったから身体も冷たかったのです。師からは人生の目的について教わりました。人とは何か、生かしている存在は何かを知識ではなく実践で教わりました。それはインド哲学に基づくものでした。巷にあふれている偽物ではなく、紛れもない本物でした。

 

このような事を学んだ時、学ぶ前の私は人生に絶望していたという事実に気づかされました。特に苦労したわけではないが、人生の目的を見出せないでいたのです。人生に到達すべきものがないのなら、人生は暇つぶしなのかと思っていました。生まれて死ぬまでの暇つぶしかと。だから治療師になって、知れる限りの真実を学んで、それで人の罪を引きとって砕け散りたいと思っていました。破滅的な思想でした。尾崎豊の曲が自分の心境とよく合っていて、当時はよく聴いていました。

 

そんな中、インド哲学の実践を通して人生の目的を学んだ時、自分の人生は救われたと思いました。最初は気づきませんでしたが、自分が真に求めているものだと後で分かりました。それから、自分の顔色は健康的になっていきました。笑顔が出るようになりました。手も温かくなりました。人にやさしくできるようになりました。人生には真の目的を知る必要がある事を心底学んだのです。

 

この師との出会いがあったから、今の私の人生と施術があります。学生時代、目標としていた施術をはるかに上回るものを今、実現できていると感じています。これをもっともっと深めていこうと思い、日々修練しています。

 

最後に、20191月、私は師と共にインドに行きました。共に学び実践する方々と一緒でした。インドに行くために前年、パスポートを取り直しました。パスポートは学生時代、中国に鍼灸に関する修学旅行に行った時以来の更新でした。旧パスポートと新パスポートを見比べた時、ぎょっとしました。顔が全く違うのです。それと同時に、ここまで人相が変わった事に喜びを感じました。私は紛れもなく、師によって人生を変えていただいた事をその時改めて実感したのです。

↑左が師に出会った後の私(2019)

 右が師に出会う前の私(2008頃)