カラリパヤットと合気道

マルマ施術はカラリパヤットの修練を深め、プラーナを体得する事で初めて行う事ができます。私はプラーナの体得に導いて下さった師を通して身に付けましたが、カラリパヤットでのプラーナの体得も同様で、本当に認識している人から直接指導を受けて身に付ける事ができるものです。ただカラリパヤットをやっていたとしても、指導者がプラーナを体得していなければ、プラーナは伝わらないと思われます。

 

しかしカラリパヤットのようなプラーナに導く武道を習う事はとても重要で、その過程で身体操作や感覚の錬磨等、プラーナ体得の前段階で必要になるものを身に付ける事ができると思われます。

 

日本でカラリパヤットを習う事は難しいですが、プラーナの体得につながり、その手前の施術に必要な身体操作を身に付ける事ができるという2つの条件を兼ね備えた武道があります。それは合気道です。合気道は大正時代に植芝盛平という方が開いた武道で、相手の力を受け流す武道として良く知られています。合気道はこのような技術的な意味合いだけでなく、もっと深い意味を有しています。「合気道」の言葉の意味は、「天地の気に合する道」という意味から来ています。「天地の気」とは何か、それは宇宙に遍満する普遍的なエネルギーの事です。これをインドではプラーナと呼びます。つまり合気道はプラーナの体得につながる武道なのです。

 

私自身、鍼灸マッサージの専門学生時代に合気道を習っていました。それは施術に必要な身体操作を身に付けるという意味でしたが、それでも意義深いものではありました。力の方向性、力の居着かない身体の使い方等を身に付ける事で、施術に必要な基本的な身体の使い方を身に付ける事ができました。そして10年の臨床と師についての修練を経て、合気道を通してではありませんが、プラーナの体得を身に付ける事ができました。合気道も極めていく過程で、プラーナの体得に目覚める武道なのだと思います。現に、私がプラーナを体得しているという事実に気付いて下さったのも、合気道を修練している患者さんからでした。

 

しかし、「気」や「プラーナ」の観点を大切にしている合気道は、もしかしたら割合少ないかもしれません。私の知る限りでは、藤平光一先生の心身統一合氣道が、この観点を非常に大切にしている合気道だと思います。藤平光一先生は開祖の植芝盛平とインド哲学・ヨーガを日本に広めた中村天風に師事しています。そのためプラーナの観点が根強く残っているのも頷ける背景があるのです。

 

日本の合気道とインドのカラリパヤット、非常に親和性が高い事をお話致しました。ここまではプラーナの観点を通しての両者の共通点をお話しましたが、武道の形に置いても両者は非常に共通したものがあるのです。

 

合気道は争わない武道と呼ばれ、試合はなく型稽古のみです。それはカラリパヤットも同じなのです。カラリパヤットが違う所は、最初は体操法の様な動物の姿を模した「型」を習います。これがカラリパヤットにおける全ての動作に通じます。それから武器術を習得し、その後に徒手拳法、最後に施術という流れになっています。この徒手拳法の考え方がほぼ合気道と同じなのです。『ヴェールを脱いだインド武術』(伊藤武著)より、その特徴を引用します。

「ウェルカムイ(カラリパヤットの拳法)では、おのれは素手でも、敵は得物を有する事が前提となっている。このような対手に素手でうちかかっていっても、かならず敗れる。対手の隙を待つ。隙ができるのは仕かけてくる時だ。この仕かけに合わせて、おのれの身を処す。(中略)そして、対手の力を利用し変化自在に動く。敵はおのれの力をもって、滅びてゆくのである。ここで大事なことは、いったん動き出したら一瞬たりとも身を休めてはならぬ、ということ。動きの流れで対手を崩してゆく、ということ。波のように動いて、その流れの中に対手を巻き込んでしまう、ということである。(中略)動作は、自然につぎの動作につながってゆく。シャクティ(エネルギー)の流れは、けっして滞ることはない。技法の特徴としては、対手の重心を移動させ、体勢を崩してしまう。対手を反撃できない死に体にしておいてから、突き・蹴り・投げ・締め・逆(関節技)を用いて戦闘力を奪う、ということだ。これには、円運動(回転動作)と入身を主体とした身のさばきと、急所に知識、そして呼吸法が不可欠となる。対手を崩すときも、対手の手首を捕るなどしてから、有声無声の気合を発する。接触部分を介して、おのれの体重移動と気合によって、対手の重心を移動させる。おのれは中心軸がぶれないようにして下腹の丹田から動き、呼吸法を利用して、対手の力を抜き崩す。つまり、対手の丹田を不安定な状態にしてしまうのだ。そのためにも、気を練り、勁(力・シャクティ・エネルギー)を蓄えることは、カラリ武術家にとって、必須の条件となる。」

 

このようにカラリパヤットの体術は合気道とほぼ同じ観点で行われている事がわかります。武術の在り方からプラーナの体得まで、表面から根底まで似通っているのがカラリパヤットと合気道です。これからも施術に必要な部分を自らに落とし込み、深めていきたいと思っております。