「柔道整復師」の由来

手技の施術を受けるとなったら、もっとも身近で手軽な印象を受けるのが「接骨院」や「整骨院」だと思います。この「接骨院」や「整骨院」という名称で開業する資格を持っているのが「柔道整復師」です。

 

柔道整復師は柔道について精通している施術者が、運動等により怪我をした際の処置を専門とする職業とされています。柔道整復のルーツは昔、柔術家が行っていた「接骨術」からきており、怪我に対して非観血的(メス等を用いた外科処置を行わない)に処置を行う事が特徴となっています。これが現代まで受け継がれているとされていますが、実はストレートに受け継がれていない背景があるのです。

 

そもそも、「柔道整復」という名前が不思議なのです。名前の中に「柔道」と明確に入っているにもかかわらず、柔道の中に整復技術の指導はありません。つまり「柔道」と「整復技術」がそもそも一つになっていないのです。

 

インドのカラリパヤットも、武術と医術が一つになっている一例ですが、こちらは武術の修練を修める過程で急所の位置を明確につかみ、生体エネルギーであるプラーナを体得する過程を経て施術を修める事になっています。そして施術によって健康を保つだけでなく、カラリパヤットで求められる動きが可能となるような柔軟性を高める施術となっています。カラリパヤットでは武術と医術がしっかりと繋がって存在しているのです。しかし柔道整復に関しては違うのです。柔道整復の技が柔道技術を向上させる訳でもなければ、柔道の技術を応用して施術をする訳でもないのです(応用している柔道整復師もいますが、割合少ないようです。全く柔道を修めてない柔道整復師も多いです)。

 

ではなぜこのような名称になってしまったのでしょうか。

論文である『柔道整復師はどのようにしてその名を得たか』(海老田 大五朗著)にその経緯が非常に詳しく書かれておりますが、ここでは分かりやすく表現して紹介したいと思います。

 

江戸時代までは柔術家が接骨院を営んでいた訳ですが、明治維新の影響によりそれが許されなくなります。1874年(明治7年)に「医制」というものが公布されます。これは日本の医業を東洋医学ではなく西洋医学を主体とする旨の法令でした。これにより東洋医学で医業を営んでいたものも西洋医学を修めていないと医業を営めない事となり、多くの東洋医学系の医師が廃業に追い込まれます。幸い、我々の職域である「はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師」は盲人の職域として重要だったために、ここは例外的に許される事となります。しかし晴眼者が営む柔術家の接骨院は整形外科とも分野が重なるという事もあって、残す意味がないという事で存続が危ぶまれました。

 

一時、1911年(明治44年)に発せられた「按摩術営業取締規則」の中に含まれる形で存続する事となりますが、柔術家達は接骨技術が独立した形で公認される事を求めて活動を続けました。

 

その中で、柔道とも関係があって柔道接骨術公認期成会の立ち上げ当初からアドバイザー的存在であった医学博士である井上通泰氏の助言を受けて、「柔術接骨」ではなく「柔道整復」という名前で公認案作成に向けた活動がなされていきます。この頃、嘉納治五郎の活躍により「柔道」が日本の武道として世界に広く知れ渡っていました。西洋化を推進する明治維新の時代において、旧時代的な「柔術」の名を冠する事は時代の流れと反しており、国際的な「柔道」だったら採用を検討する可能性が大いにあったのです。そのため、本来接骨技術とは全然関係ない柔道と接骨術を抱き合わせることによって、接骨術を国家的に保護する事が妥当であるという説得戦略を取る事で、「柔道整復師」の名前で公認される事となったのです。

 

そう考えると「柔道整復」の教育体制になってから柔術と接骨技術は分断される形で伝わらざるを得ない形になってしまったのだと思います。なぜなら柔道に接骨技術の内容は無い訳ですから。そのため非観血療法で怪我を処置する技術となる、包帯技術や固定法、テーピングといった内容が柔道整復で主に取り扱う内容とされていったのだと思われます。しかしこれらは西洋医学、スポーツ医学で取り扱われている内容であり、伝統医学とは言えないと思います。このような形で、柔道整復師に関しては非常に微妙な資格として現在も存在しています。しかしながら、「整骨院」「接骨院」は街中に依然として多く、沢山の人が馴染みを持って通っています。それはなぜなのでしょうか。

 

論文である『活法殺法(柔道整復の源)の歴史と医術武術の歴史~活法・殺法の歴史は、医術・武術の歴史となり得るか~』(郡 佳子他)に、「この民間医学の「金創医」が、現在の整形外科医もしくは柔道整復師の元祖であると考えられている。」とあります。おそらく民間の医者にかかるといった感覚を引き継いでいるのが「整骨院」「接骨院」なのではないかと思います。「保険で安いから」という理由だけでは説明の付かない馴染み深さは、先祖の代からずっと健康を守る場として存在していたという歴史から来ているのだと思います。

 

伝統医学の実体がほぼ残っていないは残念ではありますが、馴染み深く入りやすい手技療法の治療院として、今もあり続けているのが柔道整復師による接骨院なのではないかと思われます。